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 JFPSP研究グループが年間2回提供するウェブ・セミナー(ウェビナー)は、正会員・準会員を限定としています。研究グループのメーリングリストを活用し、講師が準備したテキストをもとに、およそ2週間にわたり議論と理解を深めていきます。話題は自己心理学をはじめ,臨床心理学および精神医学の周辺領域について扱います。遠隔地でも参加できるウェビナーを体験するために、研究グループへの合流をご一考ください。尚、会員のウェビナー参加費は無料です。

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「健康的な甘え」再考

講師:中谷真弥(甲南大学カウンセリングルーム)
司会:亀井誠幸(宇治おうばく病院)

土居は「健康で素直な甘え」という概念を「屈折した甘え」と対比させ提示し、分析治療の達成を示すものして「素直な甘え」の出現をあげている(土居, 1961)。その一方、土居(1988)も言及しているように、甘えという言葉は多くの場合、ある人について相手や第三者が言う場合に使われる。つまり甘えがあるかないか、その甘えが健康か屈折しているかは、間主観的文脈の中で意味づけられるといえる。
 本論では甘えを間主観的概念として捉えることで、臨床場面で甘えがテーマとなる分脈を検討する。そして治療関係の中に健康な甘えが発展するがどうかは、治療者の課題といえる面があることを示す。治療者が自らの甘えを認識し、患者を他者としてみることが健康な甘えといえる関係性に関わると考える。

「Hoffmanを読む

講師:今本智子(甲南大学カウンセリングルーム)
司会:原田美知枝(広島市スクールカウンセラー)

ホフマンの精神分析におけるconstructivismの思想に触れ、分析におけるセラピストとクライエントによる弁証法的な意味の構築について理解を深めたい。特に、儀式と自発性、分析家の権威と相互性、意味の構築と死の自覚、といった対立するものの弁証法的関係について、参加者との対話を通じて考察したい。使用文献は、Hoffman, I.Z.(1994). Dialectical Thinking and Therapeutic Action in the Psychoanalytic Process. Psychoanal Q., 63:187-218同じものが Ritual and Spontaneity in the Psychoanalytic Process (The Analytic Press, 1998; pb. 2001)の第8章。

「自殺/自死ついて〜自殺予防研修の講師を依頼されたときのために〜

ウェビナー委員企画(小泉誠・筒井潤子・中西和紀)

この回では新たな試みとして,ウェビナー委員から話題提供および議論の進行を行った。テーマは「自殺/自死」。”自殺"という難しい問題に対し、専門家としてだけでなく一人の人間として、私たちがどのような体験を持っているのかを振り返ることからウェビナーを開始したいつものウェビナーとは異なり,テキストも講師も今回はあえて設定せず、「自殺」について、個々の会員が抱くさまざまな思い・考えを寄せ合って議論を進めた。専門性の高い議論というよりも、丁寧に患者と向き合う日ごろの臨床スタンスから生まれるご意見を幅広く、そしてこの種の問題だからこそ敢えてタブーにすることなく意見を出し合った。

「精神分析(的心理)療法における”的確な説明の提供”の有用性について〜現実的な相互交流と関係性の視点を踏まえて〜

講師 清川 雅充(柏崎厚生病院)

司会 浴野 雅子(広島文教女子大学)

精神分析療法過程で治療者によってなされる「説明」は「助言・保証・指導・励まし・暗示」と同様に現実的な相互交流のひとつである。この「説明」は、分析的な態度からはみ出した現実的な相互交流であり,従来の精神分析にとって戒めの対象といえる。積極的に奨励されることのない「説明」ではあるが、Freudの症例から説明に当たる部分を集め、Bacalの「的確な説明の提供」の視点から「説明」に関する精神分析的な意義を明らかにする。

「Heintz Kohutによる精神分析のスーパーヴィジョン」

講師 荒井真太郎(佛教大学)

司会 小泉 誠(神戸大学)

" 自己の分析"、"自己の修復"でも取り上げられたI氏の精神分析が詳細に記録されている"The Psychology of the Self - a Casebook"の第2章、"The Resolution of a Mirror Transference: Clinical Emphasis on the Termination Phase"の内容を紹介する。
事例の流れにおいて、どのようなコメントを行ったかということから、Kohutの臨床理論と臨床的態度について検討する。

「メンタライジング・アプローチからみた母親面接」

講師 上地雄一郎(岡山大学)

司会 野村亮介(情緒障害児短期治療施設 愛育園)

メンタライジング・アプローチは,愛着関係を通してメンタライジング(自己と他者の精神状態を推測・認識すること)を促進し,メンタライジングと愛着関係との相助作用を利用して愛着関係を健全にすることによって,相互的な対人関係と問題解決能力を高める心理療法アプローチである。メンタライジングは誰もが日常的に行っていることなので,メンタライジングに焦点を合わせる心理療法は,メンタライジングに対する注意を維持し,それを洗練させるだけでよく,精神分析,クライエント中心療法,認知療法,対人関係療法などに「上乗せ」して用いることができる。今回のウェビナーでは,このメンタライジング・アプローチの基本的考え方を紹介する。また,筆者は,勤務先の心理教育相談室などで発達臨床に関わっていることから,子どもの心理的問題で相談に来た母親と面接することや母親面接のスーパービジョンをすることが多いので,メンタライジング・アプローチを母親面接に適用した場合の応答例を紹介する。

「発達障害周辺群の理論と臨床〜臨床で出会う”独自の発達群”の自己発達〜

講師 林 知代(芦屋大学)
司会 中西和紀(あいせい紀年病院)

面接で出会うクライアントで、年齢を問わず、知的能力はあり、感覚の鋭敏さを持ち、D.Sternの自己発達理論に照らすと中核自己の発達不全のために、苦しんでいる人たちがいる。彼らは"発達障害"とか"自閉症スペクトラム"と呼ばれる方たちのなかでも、一見してはそれと気づかれず、独自の発達をする群として捉えるほうが適切であると思われる人たちである。今回のウェビナーでは「独自の発達群」の定義と概念を明確にした上で、何が通常発達と違うのか、心の誕生以前の感覚自己と身体自己のあり方と絡んで愛着理論の概念からの示唆、自己発達領域の凸凹という視点からの可能性について展開できればと考えている。理論に基づいた臨床的視点や態度、考え方を、どのように臨床作業に反映させていくことができるかについて、議論していきたい。

間主観性理論の基本論文を読む"主観性の構造 第2章(アトウッドとストロロウ著, 1984)”~体験に近い水準での理解~

講師 井上慎司(西江こころのクリニック)
司会 白井祐浩(志學館大学)

自己心理学およびその周辺理論の中ではもっとも人口に膾炙している間主観性理論であるが、その本質および意義については必ずしも我々の間で十分に理解されているとはいえないのではないか。今回のウェビナーでは、間主観理論の入り口を基礎から学び直す機会として、そして間主観の観点を事例に立ち返って活用するためのきっかけとなることを目的としたい。その結果、我々にとっても、クライエントにとっても、体験に近い水準で現象を理解・記述できるようになることにも留意したい。

「”悲劇人間”の精神分析〜ハインツ・コフートと自己心理学〜」

講師 安村直己(甲子園大学)
司会 中谷真弥(下関病院)

第2回ウェビナーは自己心理学の原点に戻り、コフートの基本概念である悲劇人間を取り上げました。会員とのディスカッションでは、この概念を掘り下げるだけでなく、間主観などの現代自己心理学および対象関係論など他学派との対話へとつながっていきました。


 コフート は、自らの人間観を「悲劇人間」Tragic Man という言葉で表し(Kohut, 1977)、それと比較対照させる形で、フロイトの人間観を「罪責人間」Guilty Man として、フロイトの伝統的精神分析と自らの自己心理学の治療的立場との違いを鮮明にしている。概して言えば、フロイトは人間の本質を「欲動の塊」と考え、その精神病理の中核に「エディプス的罪悪観」を置き、人間は「本能的 欲動の充足を求め、その葛藤と罪悪観に苦悩する存在」であると考えたのに対して、コフートは人間を本質的に「全体としての自己の充足を求めて苦悩する存在」であるとし、人は自己の全体性を獲得するために「自己対象」selfobject からの共感的反応を常に必要とするが、いくら求めようと自己が完全に充足されることは不可能なため、人は死ぬまでその必然的な挫折に苦悩し続けなければならない悲劇的な存在であると考えたのである。


 本論文では、「悲劇人間」の精神分析ともいうべき自己心理学の視点が、フロイトの「罪責人間」の視点とどのように違うのかについて、コフートが発表した症例、「Z氏の二つの分析」(Kohut,1979)を通して臨床的に概観してみたい。「Z氏の二つの分析」は、経過の前半である一度目の分析では伝統的精神分析の枠組みでの分析治療が行われたが、その後、再開された後半の二度目の分析では、新しい自己心理学的な視点から分析治療が行われた症例であり、伝統的精神分析と自己心理学の臨床的視点の違いを比較検討するのに最も適した症例だと考えられる。また、Z氏とはハインツ・コフート自身のことなのではないかと言われており、そこからコフート自身の生育史や個人的なパーソナリティーが自己心理学理論の成立にどのように影響したのかについても推察してみたいと思う。

「LGBアファーマティブカウンセラー養成プログラムの実践について」

講師 葛西真記子(鳴門教育大学)
司会 富樫公一(甲南大学)

講師執筆の論文を元に、自己心理学的な視点を含めた多角的な観点より討論を行いました。以下に論文の一部を掲載します。JFPSP会員になると、第1回ウェビナーの素材と議論のまとめを閲覧することが可能となります。


近年,同性愛,バイセクシュアル,性同一性障害,トランスジェンダーなど多様なセクシュアリティに対する人々の意識は,以前と比べると変化してきている。海外では同性間の婚姻や結婚と同等の権利を認める国が増えてきており,国際精神医学会やWHOでも,同性愛を治療の対象から外し,「異常」「倒錯」とみなされなくなってきた。また,性同一性障害に関して,日本では1998年に国内初の性別適合手術が実施され,2004年には「性同一性障害者の性別取り扱い特例法」が施行され戸籍の変更も可能になった。


しかし,性に関して柔軟な社会であると言い切れるほど,偏見,差別,誤解がなくなっているわけではない。日本では,欧米のように同性愛嫌悪の感情から起こる憎悪犯罪など明らかな差別,偏見は公にはされていないが,“寛容という名の差別”が存在する(河口,2000)。そのため,同性愛者やその他のセクシュアリティの人々が安心して相談できる機関も少なく,同性愛指向を認識する思春期には,“誰にも言えない”ため孤独感や孤立感,自己否定感を持つようになることもあり,自殺を考えるまで悩んでしまう場合もある(河口,2000;人間と性教育研究所,2002)。さらに,抑うつ傾向,強い不安傾向,アルコール依存や薬物依存などの精神健康上の問題を抱えていることも明らかになってきた(セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク,2003)。


 このような状況において,セクシュアルマイノリティに対する心理的支援が必要になってくるのだが,セクシュアルマイノリティの人々が安心して相談できる機関は非常に少ないというのが現状である。相談に行ったとしても,セクシュアリティに関するカウンセラーの知識不足や偏見などにより効果的なカウンセリングが行われない場合がある。そこで本研究では、心理療法家を目指す大学院生がセクシュアルマイノリティに関する知識・情報を得、効果的なカウンセリングができるようになるような訓練プログラムの開発とその効果の検証を行った。

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